自分に合う働き方を、模索し始めた
九州大学大学院を修了後、私は約6年間、株式会社日立製作所で音声まわりの機械学習、いわゆるAIの研究開発に携わっていました。
日立での研究開発は、自分のキャリアの原点を形作る経験でした。顧客や社会の課題に向き合い、それを技術でどう解くかを考える。必要に応じて研究として問いを立て、検証し、事業につなげていく。その往復の中で得た考え方は、今の仕事にもずっと生きています。
いま思えば、会社の中にいながら、小さな“一人会社”を回していたような感覚でした。その動きが面白くなるほど、技術を事業や顧客価値へつなげる仕事に強く惹かれていきました。
経験を重ねるほど、より大きな裁量を持って、課題解決の方法やプロダクトの形、世の中への届け方まで自分で設計してみたいという思いが強くなっていきました。どんなテーマに向き合い、誰とどのような関わり方で価値を届けるのか。その選択まで、自分の責任で引き受けてみたいと思うようになったのです。
その思いを後押ししたのが、コロナ禍のただ中で二人目の子どもが生まれたことでした。
もちろん、その状況がずっと続くとは思っていませんでした。コロナ禍はいずれ落ち着き、子どもも少しずつ大きくなっていく。それでも、日々の生活や家族との時間を通じて、働くことを与えられた環境の中だけで考えるのではなく、もっと自由な発想で、自分が何に向き合い、どのように価値をつくっていきたいのかを改めて考えるようになりました。
そんな思いが少しずつ強くなり、2023年に独立しました。
独立してから、少しずつ見えてきたこと
独立してすぐは、新しい環境になったこともあり、思っていた以上に動けていました。
ただ、時間が経つにつれて少しずつ見えてきたのは、誰も自分を管理してくれない世界の難しさでした。
会社員時代は、会社という仕組みの中にいました。期の初めに目標を立て、そのために何をするかを考え、周囲と議論し、進捗を報告する。もちろん大変なこともありましたが、プロジェクトを前に進めるための仕組みは、思っていた以上に整っていたのだと思います。
独立すると、それを自分でやらなければいけません。目標を決めるのも、自分。進め方を考えるのも、自分。進捗を確認するのも、自分。そして、手が止まっていることに気づいて、もう一度動き出す仕組みを作るのも、自分でした。
そこで改めて向き合うことになったのが、“最初の一歩”の重さでした。
正直に言うと、これは独立して初めて出てきた悩みではありません。高校の受験勉強の頃から、ずっと同じ感覚がありました。
やらなければいけないことは分かっている。締切が来れば、最後にはやり遂げる。けれど、白紙の資料や、赤字の入った原稿や、まだ形になっていない作業を前にすると、最初の一歩がいつも重い。
研究報告書を書くときも、仕様書を書くときも、営業資料を整理するときも、その“入口の重さ”は何度も感じてきました。
やる気がないわけではない。能力がないわけでもない。ただ、始めるまでが重い。
その感覚を、私はずっと抱えていました。
転機は、その最初の一歩を意図的に小さくしてみたことでした。
手の入った報告書を前に、「まず一か所だけ直す」と決めてみる。すると、不思議と次々に筆が進んで、最後まで仕上がってしまう。
気持ちを無理に奮い立たせたわけではありません。ただ、入口を小さくしただけでした。
この小さな発見が、のちに『するたす』の核になりました。
人が動き出すきっかけは、一つではない
人が行動を起こすきっかけには、大きな目標から始まるものもあれば、「とりあえず目の前のこれだけやるか」から始まるものもあります。
本当は、心から共感できる目標に向かって、すべての仕事に迷いなく手を伸ばせたら幸せです。
でも現実は、いつもそうはいきません。
疲れている日もあります。気が乗らない日もあります。やることが多すぎて、どこから手をつければいいのか分からなくなる日もあります。
家族のこと、体調のこと、急な予定、積み重なった小さな不安。そういうものが重なって、たった一つのタスクが、妙に大きく見えてしまう日があります。
そんな人間の揺らぎを、私は責めたくありませんでした。だって、私自身がそうだったからです。
そして、同じ悩みを“アプリ”にした
独立した以上、自分の経験や技術をもとに、事業として続けられるものを作りたいという思いがありました。
そのとき自然に目が向いたのが、自分自身がずっと試行錯誤してきたタスク管理でした。
やることが多すぎて止まってしまう。やらなければいけないことはあるのに、どう進めればいいか分からない。頭の中では分かっているはずなのに、手が動かない。
そういう状態を、気合いや根性だけで乗り越えようとするのではなく、仕組みで支えられないか。その考えから生まれたのが、AIタスク管理アプリ『するたす』です。
『するたす』という名前には、「スルッとタスクを終わらせていく」という意味を込めています。
大きなタスクを前にして固まるのではなく、今の自分でも動ける大きさに分けて、スルッと一つずつ進めていく。そんな感覚を、そのまま名前にしました。
だから『するたす』は、「まず情熱を持て」とは言いません。
代わりに、目の前のタスクを、あなたと今の状況に合わせて小さく分解します。調子が万全でない日でも、最初の一歩を踏み出せる形に整える。
調子の波があっても、それでも進める。それが、独立してからの私が一番ほしかった仕組みでした。
思えば、私がずっと関心を持ってきたのは、人間の特性をきちんと考慮したAIをつくることでした。
九州大学の大学院では工学と心理学の両方を学び、音に対する人の認知や知覚を研究していました。その後も、AIで人の状態を捉える研究を続けてきました。
一人ひとりのコンディションをAIに反映して、タスクを“今日動ける形”に分解する。『するたす』は、その関心がたどり着いた一つの答えなのだと思います。
仕事を前に、苦しい顔で固まってしまう人がいます。
会社員でも、フリーランスでも、経営者でも、副業をしている人でも、育児をしながら働いている人でも。やることが多すぎて止まってしまう瞬間は、誰にでもあると思います。
私自身、最初の一歩の前で立ちすくんだ経験は、何度もあります。だからこそ、その人が少しだけ肩の力を抜いて、「これならできるかもしれない」と思える瞬間を増やしたい。
働く人が、自分を責めすぎず、それでも高いパフォーマンスで、幸せに仕事を続けていけるように。
そんな働き方を、自分のために、そして同じように立ち止まってしまう誰かのために、今日も『するたす』を作っています。
その思いをより多くの人に届けるために、2026年5月に株式会社NextSparkを設立しました。これまで続けてきた取り組みを、これからは会社としてさらに広げ、『するたす』を必要としている人に届けていきます。